『統…お前は、俺を斬ることができるか?』

今になって思い出す言葉

俺の胸を強く締め付ける。

迷いを与える。

これで…いいのか、と。





ジレンマ






呉群の戦いは俺の初陣だった。

出陣前夜、父上に呼ばれた。

「統、お前は明日から乱世というものをイヤというほど味わうことになる…」

父上の口はいつにも増して重かった。

まだ青かった俺には、どうしてそんなに辛そうにしているのか、見当もつかなかった。


「統…お前は、俺を斬ることができるか?」


思いもしなかった言葉。

一瞬耳を疑った。

「父上!何を…!!」

「乱世というのは、誰がいつ敵に、味方になるかわからない。俺はお前の父だ。しかし、敵にもなりうる…」

「そんな…父上は、父上です!」

目に涙がにじんだ。

手が震えているのがわかった。

そんな俺に構わず、父上は話を続ける。

「それが乱世というものだ。俺は、いつお前の前に立ちはだかるかわからない」

辛い…つらいつらいつらい…

痛い…胸が、ひどく痛い。

「そのときは、迷わず斬れ。それが、乱世で生きてく者の宿命だ」


しばらく、何も考えられなかった。

嗚咽を堪える喉が、ひりひりしてきた。

沈黙に耐え切れなくなって、顔を上げる。

父上は、俺の目を黙ってじっと見た。


『俺は、お前を斬るぞ』


そういわれた気がした。


それが乱世…今まで隣にいてくれた人さえも敵になってしまう世…。

「わかり…ました」

しっかりと表を上げた。

父上の目を見る。

しっかりと、見た。

「凌公績、あなたが前に立ちはだかることがあっても、迷わず進みます」


言い切ると、父上は嬉しそうに微笑んで頭を撫でてくれた。

涙が、とめどなく溢れた。




夏口の戦いで、父上は死んだ。

殺された。

俺は憎んだ。

父上を殺した張本人、甘興覇を。


憎んで、当然だと思ってたんだ。

だってそうだろ?

最愛の肉親を殺されて、平然としてろってのが無茶ってもんだろ。



だが、合肥の戦いで甘寧が言った言葉が俺の心を惑わせた。


『敵は切る!仲間は守る!単純なんだよ。喧嘩ってのは…』


呉群のときに結んだ、父上との誓いを思い出した。

『統…お前は、俺を切ることができるか?』


もし、父上が俺の前に敵として立ったら…俺が父上を殺したのかもしれない。

甘寧が、その俺の代わりだったのかもしれない。


そう考えるようになった。

『それが乱世というものだ』

わかってる…わかってるんだよ…


それでも、甘寧への憎しみを消しきれないでいる俺もいる。

許そうとしても許しきれない。

ジレンマが、俺を悩ませる。


「ちち…うえ…、統は…公積は、父上の死を乗り越えることがまだできないようです…」

この苦しみは、誓いを違えた罪…ずっと俺を苛め続けるんだ。



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これは2005年の冬コミで出した甘凌本に載せたものです。
いまさら引っ張り出してきました。
いや〜若いな〜自分(死)
てか、あんまりちゃんとキャラが立ってないの丸分かりで泣けてくるよ…(ホロリ)